好きな男が○○だった件について/愛こそすべて


以前、いい感じになりかけていた男がいた。

現在、私の恋愛最終アップデートはその男である。今はまったく何の感情もなく、毎度のごとく(なぜあんな男を好きだったのか…)と後悔含めて自問する程度。

 

出逢いは、私がその男の店に偶然立ち寄ったところから始まった。

向こうから連絡をしてきたのは、私が店を訪れてから一週間後のことだった。それから毎日LINEをするようになり、毎週末会うようになった。独特なセンスの持ち主で、それを体現した店を持ち、仕事というよりはそれを「生き方」としているような男だった。美丈夫で、本人もそれに自覚のある、少々歪んだ性格の持ち主だった。

 

男の生き方を見るうえで、結婚はないなと私自身も思っていたが、ひさしぶりの恋愛感情にだいぶ舞い上がっていた(毎回舞い上がるが)。もちろん、結婚には至らなくても恋人にはなりたい、という至極当然な願望もあった。が、相手の態度のせいで真意を測りかねていた。

 

とにかく、よくわからなかったのだ。

 

毎日LINEは来るが、恋愛っぽいやりとりをするでも、それらしい話をするわけでもない。いわゆるただの「友だちLINE」の域を出ない。かと思うと、急に食事の誘いをしてきたため、こちらも距離感測定を兼ねて「わーいデートだ」とはしゃいだ返信をしてみると、「これはデートではない」と言われる。あ そうですかとスッと真顔に戻りながら期待値を調整する。かと思うと、約束前夜、LINEの最後に「明日は手を繋ぎたい」などとのたまってくる。こちらはもう最高な気分で(多少は感情を振り回されようとも)当日を向かえるものの、実際待ち合わせてから歩き出すも、一向に手を繋いでくる気配がない(というか「繋ぐタイミングを失っている」というのが正しい観察だった)。そして、その日はご飯食べてそのまま終了。「まさか童貞なのか?」という疑問も湧いたが、そういうわけではなさそうなのだった。女遊びが激しかったような片鱗は見えた。

 

それを皮切りに、疑問はますます深まるばかりだった。

当時ボードゲームにハマっていた私達は、男のリクエストで、私が負けた場合は男のほっぺにチューをするというルールを設けていた。また期待値は上がる。そこから何かに発展しちまうのでは、と最初の頃さえ相当ドキドキした、が、何もない。大体私の方が毎回負けるので、毎回ほっぺにチューすることになるのだが、もう最終的にはおざなりだった。途中から罰ゲームを変更し、「相手の肩や腰をマッサージする」となった。もはやギリギリ猥褻レベル、好き同士ならセックスに持ち込むあるあるのやつ、である。なのに、何も起こらなかった。毎度、私は按摩さんばりにただひたすら正真正銘相手の肩や腰をほぐして終わる。一生懸命すぎて筋肉痛になったことすらある。泣けてくる。

妙齢の男女が部屋で二人きり、毎週毎週夜遅くまで会っているのに「何もない」のである。

 

舞い上がっていた私でも、さすがにこれは本当にただの友人としてしか見られていないと思い、疲れ始めた。それでも「もしかしたら今日は何か進展があるかもしれない」と縋るような思いで通っていたのも、やはりそれも向こうの態度に因るものだった。LINEのやりとりで私が「今週は会えない」と言うと、馬の鼻先にニンジンをぶら下げるような理由をあれやこれや付けて、何が何でも来させようとする。実際に会っているときも、「今日はもう帰ろうかな」と私が早めに切り上げようとすると、「帰るな」と止める。一度は、私が帰ろうとしたところ、態度が豹変するような気配があったので、(監禁)の二文字が脳裏に浮かぶくらい恐怖を感じる瞬間すらあった。

 

わからなかった。わからないゆえ、疲弊した。

このまま煮え切らない態度に振り回されるくらいならこっちから切ってしまえと理性は訴えるものの、その男のセンスや境遇、ルックスを捨てられない馬鹿な女に成り下がっていた(元々十分馬鹿だが)。

 

そんな中、である。

二人でホテルに泊まることになった。それも、終電を逃したからやむなく、といった即物的な理由ではなく、きちんと事前に予約をしたうえで泊まる、というやつである。提案者は男の方だった。目的は別にあったが、これはもうそういうことだろうと私もいよいよ覚悟を決めた。部屋を予約する際、さりげなく「セミダブルのシングルルームでいい?」という向こうの確認に、こちらも努めてさりげなく「いいよ~」と返した。もう、そういうことである。(注、だがこの時点で手を繋ぐはおろか、キスもしてないのである)

 

ホテルを予約した数日後、楽しみだねぇとLINEをしていた折、男がふいに言ってきた。

 

「あ、ちなみに『そういうこと』はしないのでご心配なく」

 

(?????)

―――だが、その頃すでに相手のトリッキーな性格を熟知していた私は、「修行僧?ww 我慢強いんだねぇ紳士だねぇ」と、軽く受け流す返事を送った。何度も言うようだが、(1)妙齢の男女が(2)シングルルームの(3)セミダブルのベッドで(4)一晩共にする、というこれだけの要素が揃った状況である。ここまで来てさすがにつまらないはぐらかし方をするもんだと思う一方、どこか嫌な予感もしていた。

 

 

 

 

…と、ここまで書いて、いよいよお泊り当日の話になると思うところだが。

 

そう、泊まらなかったのだ。私達は。

 

ホテル宿泊が迫る数日前、ひょんなことから、男が他の女と会っている疑惑が持ち上がった。その疑惑は以前からあったのだが、ホテルに泊まる(=いよいよヤる)前に、女としてそこだけははっきりさせておきたいという思いがあった。

恋愛が苦手なくせに、『向こうはそもそも私と付き合っていると思っていないだろうし、他に女がいることも十分承知したうえで、重くない女でありたい』などという、およそ自分のキャパ超えなスタンスを貫こうとした私は、あくまで軽く問いただした。問いただしたところ、結局のところ、他に特別な女がいるわけではなかった。が、その回答は、あまりにも、不誠実で、軽薄で、悪意があり、これまで私達が曲がりなりにも築いてきた「何か」を一掃してしまうような、心無いものだった。『百年の恋も冷める』をこれほど実感した瞬間はあっただろうか(結構あった)。

 

ただでさえ、決定的な話をしてしまうことへの恐怖に震える指でLINEを送り、その結果、百年の熱が一瞬で解凍された私は、解凍されただけあって冷静だった。冷静に「もう会わない。ホテルもキャンセルしてください」と返し、即ブロしていた。相手の弁解や追い討ちを聞きたくなかった。もう何もかも、なかったことにしたかった。一瞬で終わらせた。

 

 

それ以来、その男とは一切の連絡を取ることはなかった。連絡先も消した。

 

その約一年後、その男と道端で遭遇した。

固まって動けない私を尻目に、男は平静を装い、「気にしてないから」と捨て台詞を吐いて去って行った。おまえがいうな

 

 

なんとなく気になり、その日、ひさしぶりに男のSNSアカウントを見てみた。

 

するとその中に、

「告白します。俺、EDなんです」の一文があった。

 

 

 

今となっては健気で無様な思い出である。